水素キャリア製造技術(Direct MCH®)
CO2フリー水素を海外から大量輸入するための技術、Direct MCH®について

再生可能エネルギー(再エネ)がたくさん“採れる”地域には偏りがあります。そこで、再エネが豊富な海外から再エネを効率よく、大量に運んでくるための技術開発を行っています。再エネ電力は長距離を運ぶことができないため、水素などの化学エネルギーに変換する必要があります。このように再エネから作った水素をCO2フリー水素(グリーン水素)と呼びます。この水素を運ぶための手段が水素キャリア(水素貯蔵体)です。水素キャリアの一つであるメチルシクロヘキサン(MCH)は、トルエンに水素を付加させて作る液体であり、水素ガスと比べると体積当たり500倍以上の水素を含んでいるため、効率よく水素を運ぶことができます。また、MCHは石油に似た性状の液体のため、既存の石油インフラを活用することもできます。運んできたMCHは日本の需要地にて、水素を取り出し(脱水素反応)て使用します。この一連のプロセス(再エネ水素製造~MCH製造~輸送~脱水素~使用)をいかに効率良く行い安価な再エネを供給するかが、再エネ利用拡大のための重要な課題です。
当社では、グリーン水素を製造した後にMCHを製造するという二段階のプロセスを効率化・低コスト化する手法として、Direct MCH®プロセスを開発しています。この手法では、トルエンを直接電気化学反応させることにより、水素ガスを経由せずに水とトルエンからMCHを一段階で製造できます。以下ではその作動原理と開発内容を紹介します。
作動原理と基礎研究開発

Direct MCH®の反応器である電解槽は、図に示すような構造をしています。反応としては、まず陽極では、陽極触媒上で水が電気分解し、酸素、水素イオン、電子が生じます。生じた水素イオンはイオン交換膜を通って陰極に流れ、外部回路を流れてきた電子、トルエンの三者が陰極触媒上で反応してMCHが作られます。このプロセスで重要となる性能指標が、電流密度(反応速度)と反応選択性(ファラデー効率)です。これらの性能が向上すると、小さいサイズの電解槽で多量のMCHを製造できるため、設備コストが縮小し、最終的に水素コスト低減につながります。
このような性能向上に向けた研究開発の一例として、陰極の水の排出促進があります。イオン交換膜においては、プロトンとともに水が陰極に運ばれます。この水が陰極触媒を覆ってしまうと、トルエンの接触が妨げられることで反応が阻害され、副反応である水素発生が起き、MCH製造のファラデー効率が低下してしまいます。
この対策として、触媒層やトルエンが流れる拡散層のマクロ、ミクロ構造や化学的性質を制御し、効率よく水が排出できるよう検討を行っています。
社会実装に向けた電解槽大型化とプロセス開発

Direct MCH®の社会実装に向けて、電解槽の大型化およびプロセス開発を進めています。開発の一環として、当社では再エネが豊富なオーストラリアに注目し、現地でのDirect MCH®技術実証を実施しています。2021年には、Direct MCH®を利用してオーストラリアの太陽光由来のグリーン水素を国内に輸入し、燃料電池自動車(FCV)に使用する実証に世界で初めて成功しました。
「参考:豪州産CO2フリー水素の実証成功に関するイベントの実施」
今後は商用電解槽のベースとなる5MW級の大型電解槽開発およびプロセス開発を実施し、オーストラリアでの技術実証を通して社会実装に向けた商用規模での技術開発を早期に実現することを目指します。
このように私たちは、Direct MCH®を活用し、世界中の安価な再エネからグリーン水素を製造、輸送、利用するサプライチェーンを構築することで、日本のCO2排出削減に貢献していきます。