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1. 石油の元素組成
油井から採取されたままの石油を原油と呼ぶ。原油は、炭化水素を主成分として、微量の硫黄、窒素、酸素、金属などを含む天然物である。原油と各種燃料油、潤滑油、ワックス、アスファルト等の石油製品をまとめて、広義には「石油」と総称する。
原油の物理的、化学的性状は産出地によって相当の差異があるが、原油の組成(質量%)は一般に次の範囲であり、大半が炭素と水素とから成っている。
炭素:83~87%、水素:11~14%、硫黄:5%以下、窒素:0.4%以下、酸素:0.5%以下、金属:0.5%以下
炭素と水素以外の元素は、量的には炭素、水素に比べると少ないが、石油製品の品質に大きな影響を及ぼす。例えば、硫黄を含む化合物は、燃焼によって亜硫酸ガスとなって大気環境を悪化させ、また、石油製品の劣化、装置の腐食、触媒被毒などを起こす原因になることがある。重金属類は、プラントの触媒毒になることがある。これらの元素を除去することを目的とした多数の精製プロセス(本編第2章第1節、同第3節)が開発されている。
2. 石油の化合物組成
炭化水素成分
石油は、無数の化合物から成る混合物である。ガソリンのような軽質の留分でさえ成分数は100種を超え、灯油より沸点が高い化合物では同じ炭素数の異性体が飛躍的に増加するので、個々の化合物の確認が著しく困難になる。そのため、石油の炭化水素成分は、分子構造のタイプによって一般にパラフィン系、オレフィン系、ナフテン系および芳香族系に類別される。ここでは、これら4タイプの炭化水素の基本構造を説明する。
(1)パラフィン系炭化水素
パラフィン系炭化水素は、分子式CnH2n+2の飽和鎖状化合物で、分枝のないノルマルパラフィンと枝分かれしたイソパラフィンがある。炭素数5のパラフィンの例を図 1-1-1-1 の(a)および(b)に示す。
潤滑油留分から析出するパラフィンワックスはノルマルパラフィンであり、マイクロワックスはイソパラフィンが主成分である。
(2)オレフィン系炭化水素
オレフィン系炭化水素は、二重結合を有する鎖状炭化水素で、二重結合が1個の場合はCnH2nの一般式で示される。炭素数5のオレフィンの例を図 1-1-1-1 の(c)に示す。
原油中には一般にオレフィンは存在しないが、熱分解、接触分解等の分解反応(本編第2章第1節、同第3節)によって生成する。
(3)ナフテン系炭化水素
1分子中に少なくとも1個の飽和環(ナフテン環)を含む炭化水素で、図 1-1-1-1の(d)および(e)に示す構造の炭素数5個のシクロペンタンと炭素数6個のシクロヘキサンが最も基本となる環状化合物である。CnH2nの一般式で示される。
原油や石油製品中に存在するナフテン系炭化水素は、上記のナフテン環が2、3個つながったもの、芳香族環と縮合したもの、さらにナフテン環、縮合環に種々のパラフィン側鎖がついているものなどがある。
(4)芳香族系炭化水素
1分子中に少なくとも1個の芳香族環を含む炭化水素のことで、ベンゼンが最も基本となる芳香族化合物である。軽質留分では、ベンゼンおよびベンゼンに側鎖のついた単環化合物が主である。重質留分では、2環、3環の多環縮合芳香族化合物や、芳香族環とナフテン環の両方を含む化合物が主である。芳香族化合物の例として、図 1-1-1-1 に(f)ベンゼンおよび(g)ナフタレンを示す。
- 図 1-1-1-1 炭化水素化合物の基本構造例
炭化水素のタイプごとの原油中の存在割合は、軽質留分ではパラフィンと単環ナフテン(シクロパラフィン)が多いが、重質留分になるにつれて芳香族化合物の割合が増える傾向にある。この傾向は、すべての原油にほぼ共通するものである。
非炭化水素成分
非炭化水素成分の含量は、原油によって著しく異なる。炭素と水素以外の元素は、元素含量としては微量であるが、通常は元素単独で存在するのではなく、有機化合物として存在するため、これら微量元素の化合物としての非炭化水素成分の含量は大きくなる。一般に残油のような重質分ほど、非炭化水素成分が多く含まれている。
(1)硫黄化合物
軽質留分中では、メルカプタン(R-SH)やジアルキルスルフィド(R-S-R)が主であるのに対し、重質留分中では、チオフェン環に加えてナフテン環や芳香族環を含む多環化合物が主体である。残油中に存在する樹脂分やアスファルテン中の硫黄化合物も、環状化合物が主である。
(2)窒素化合物
窒素化合物は、軽質留分中にはほとんど存在しない。窒素化合物は、ピロール環やピリジン環として大部分重質留分中に濃縮されており、ナフテン環や芳香族環が共存することが多い。
(3)酸素化合物
主にナフテン酸の形で灯・軽油留分中に多く含まれるが、水素化精製でほとんど除去される。原油中には脂肪酸、フェノール誘導体も存在することが知られている。
(4)金属化合物
原油中には約30種の金属元素が存在する。その含量は原油によって異なるが、一般に多い方から、バナジウム、ニッケル、鉄の順で、数質量ppmから数十質量ppm含まれる(ベネズエラ系原油のようにバナジウム含量が数百質量ppmに達するものもある)。
3. 原油の種類と性状
油井から採取された原油は、独特の匂いのする黒褐色の液体である。産出地域によってその外観も違い、性質にも相当の差異がある。したがって、分類法を一つに限ることは難しい。そのため、次のように様々な分類法が採用されている。
産出地域等による分類
- 産出地域:「中東原油」、「インドネシア原油」等と呼ぶ
- 油田:「カフジ原油」、「ミナス原油」等油田の名前を冠して呼ぶ。日本では、「八橋(やばせ)原油」、「頚城(くびき)原油」等
物理的性状による分類
この分類は、比重を基準とするものが主である。一般に、外国産原油はAPI比重によって、国産原油は15/4℃の比重によって、表 1-1-1-1 のように分類される。
- 表 1-1-1-1 原油の物理的性状による分類
-
分類 比重15/4℃
(国産原油の場合)API比重
(外国産原油の場合)特軽質原油 0.8017未満 39.00以上 軽質原油 0.8017~0.829 38.99~34.00 中質原油 0.830~0.903 33.99~30.00 重質原油 0.904~0.965 29.99~26.00 特重質原油 0.966以上 26.00未満
化学的性状による分類
(1)硫黄分等の含有量によるもの
- スイート原油:硫黄化合物の少ないものをいう
- サワー原油:硫黄化合物が多いもの(硫化水素が0.04モル%以上)をいう
(2)炭化水素のタイプによるもの
- パラフィン基原油:パラフィン系炭化水素を多量に含んだ原油をいう
- ナフテン基原油:ナフテン系炭化水素を多量に含んだ原油をいう
- 混合基原油:パラフィン基原油とナフテン基原油の中間の原油をいう
- 特殊原油:一般に芳香族炭化水素を多量に含む原油をいい、種類が少ないので特殊原油と呼ばれている
炭化水素のタイプによって分類した代表的な原油名、適した製品・特性の例を表 1-1-1-2 に示す。
- 表 1-1-1-2 炭化水素タイプによる原油分類
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原油タイプ 代表的な原油名 適した製品・特性の例 パラフィン基原油 ミナス、大慶 潤滑油、パラフィンワックス ナフテン基原油 ベネズエラ 高オクタン価ガソリン、アスファルト 混合基原油 アラビアンライト、カフジ 良質灯油、潤滑油、重油 特殊原油 台湾、ボルネオ 高オクタン価ガソリン、溶剤
我が国に輸入されている原油は、混合基原油である中東原油(アラビアンライト、アラビアンエキストラライト、マーバン、ザクム、カフジ、イラン等)がほとんどで、パラフィン基原油としてはインドネシア原油(ミナス)などが輸入されている。主要輸入原油の性状は、資料編第8表に示されている。
4. 石油の性質
物理的性質
石油炭化水素の物理的および熱力学的諸性質は、API Project 44が集成したデータ集“Selected Values of Physical and Thermodynamic Properties of Hydrocarbons and Related Compounds”(1952年および1961年)に詳しい。さらに、APIが石油に関するデータをまとめた“Technical Data Book-Petroleum Refining”(1982年)には、石油炭化水素と石油の物理的性質がまとめられている。
ここでは、石油の物理的な性質の主なものを紹介する。
(1)沸点
原油に含まれる炭化水素の沸点は、常温以下から1,000℃以上にわたっており、炭素数が多いほど沸点は高い。同一炭素数の炭化水素では、パラフィン、ナフテン、芳香族の順に沸点が高くなり、同じパラフィンでは、ノルマルパラフィンの沸点がイソパラフィンより高い。
(2)融点および流動点
純炭化水素の融点は、炭素数が多いほど高く、同一炭素数の炭化水素ではパラフィンの融点が最も高く、側鎖がつくと一般に融点が下がる。
純炭化水素では、明確な一定温度(融点)で液体→固体の相変化が起こるが、複雑な混合物である石油では、はっきりした融点を示さない。そこで、一定条件で試料が流動する最低の温度を求めて、これを流動点(Pour Point)と呼ぶ。また、油中からパラフィンワックスまたはほかの固体が析出、分離し始める温度を曇り点(Cloud Point)と呼ぶ。
(3)密度および膨張係数
我が国では1987年3月から、原油および石油製品について15℃における密度の使用がJISに規定されている。
パラフィン、オレフィン、単環ナフテンでは、炭素数が多いほど密度が大きくなり、次第に0.85g/cm3に近づく。多環ナフテンおよび芳香族炭化水素は、すべて密度が0.85g/cm3以上で、中には1.00g/cm3以上のものもあるが、パラフィン側鎖が長くなると、炭素数が多くなっても密度が小さくなる。石油留分一般について、パラフィンが多いと密度が小さく、ナフテン、芳香族が多いと密度は大きい。温度が高くなると石油は膨張し、密度は小さくなる。
(4)比熱
石油の比熱は、組成によってあまり変わらず、温度の上昇とともに大きくなる。常温付近で1.7J/g・℃程度である。
(5)発熱量
石油の総発熱量は、密度が大きいほど発熱量は小さくなり、原油で41,900~50,200J/g、ガソリンで46,400~48,100J/g、重油で40,100~46,900J/g程度である。
(6)粘度
石油の粘度は、通常、絶対粘度を密度で割った動粘度で表す。動粘度の単位としては国際単位系のmm2/sを用いる。
炭化水素の粘度は、同系列の化合物では分子量が増加するにしたがって高くなる。また、イソパラフィンは同じ炭素数のノルマルパラフィンより粘度が低く、ナフテン環または芳香族環が入ると同じ炭素数の鎖状炭化水素に比べて著しく高くなる。
石油の粘度は、温度の上昇とともに低下する。潤滑油の粘度と温度の関係を表示する尺度としては、粘度指数が広く利用されている。これは、粘度の温度による変化が小さいペンシルベニア産潤滑油の粘度指数を100、粘度の温度による変化が大きいメキシコ湾岸産潤滑油の粘度指数を0と定め、これらの潤滑油と試料油の40℃と100℃の各動粘度によって試料油の粘度指数を求める方法である。粘度指数が高いほど、温度による粘度変化が小さいことを表す。
化合物タイプで比較すると、ノルマルパラフィンの粘度指数が最も高く、イソパラフィンがこれに次ぎ、ナフテン環や芳香族環が入ると粘度指数は低くなる。潤滑油としては、溶剤抽出によって粘度指数100程度のものが得られ、添加剤の使用によってさらに高くすることができる。
圧力による粘度の変化は比較的小さく、一般に圧力が増すと粘度は高くなる。
(7)光学的性質
石油の光の屈折率は、密度が大きくなるにしたがって直線的に増加する。同一炭素数の炭化水素では芳香族、オレフィン、ナフテン、パラフィンの順に小さくなっていく。また、パラフィン系炭化水素では分子量の小さい方が屈折率も小さいが、芳香族系炭化水素では逆である。
(8)電気的性質
石油の電気伝導度はきわめて低く、精製油では102pS/mのオーダーである。そのためトランスやケーブルなどの絶縁油として用いられる。
化学的性質
(1)炭化水素の安定性
炭化水素は、アセチレンを例外として、一般に高温になるほど化学的に不安定になる。しかし、芳香族、オレフィンは高温でパラフィン、ナフテンより相対的に安定であり、このため高温で反応処理した製品中には芳香族、オレフィンが多く含まれる。また、同じタイプの炭化水素では、一般に炭素数が少ないほど安定性が高い。
(2)燃焼性
空気(酸素)が十分に存在する条件で炭化水素を燃焼させると、二酸化炭素と水ができる。空気が不足すると不完全燃焼となり、一酸化炭素、アルデヒド、すすなどが生じる。芳香族炭化水素のように炭素/水素比が大きいものは、すすを生じやすい。
加熱炉、ボイラにおける燃焼では、粘度が適切で噴霧時に微粒化しやすく、燃焼時に未燃部分(すす)が生じにくい燃料が適している。
内燃機関において、ガソリンエンジンでは、燃料と空気の予混合気に点火プラグによって着火して燃焼させるため、イソパラフィン、芳香族化合物などが主体でアンチノック性が高い(オクタン価が高い)ガソリンが使用される。また、ディーゼルエンジンでは、空気だけを圧縮して高温高圧になった状態にノズルから燃料を噴霧して自己着火させるため、パラフィン系炭化水素が主体で自己着火性が高い(セタン価が高い)軽油、A重油などが使用される。
(3)液相自動酸化
液状の石油が貯蔵中または使用中に劣化し、有機酸やスラッジを生じるのは、溶解した酸素との反応によるものである。反応生成物は、パラフィンおよびナフテンでは主として有機酸、芳香族では主としてスラッジといわれる重縮合物である。また、分解ガソリンのようなオレフィンを含むガソリンから生じる油溶性高縮合物は、ガムといわれる。
熱または銅、鉛、鉄のような金属は酸化を促進する。一方、アルキルフェノール、ジチオ燐酸亜鉛、芳香族アミンなどが酸化防止剤として有効であり、また、石油中にもともと存在する芳香族または硫黄化合物も酸化防止効果をもつ。
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