1. 自動車用エンジン油の分類
(1)エンジン油の粘度分類
粘度は、エンジン油に限らず潤滑油の基本的かつ重要な性質を示す項目であり、使用温度が広範な自動車に使用されるエンジン油の場合には、SAE(Society of Automotive Engineers:米国自動車技術者協会)が定めたJ300規格(表 2-2-2-1)で、高温および低温時の粘度により分類されている。
- 表 2-2-2-1 自動車用エンジン油のSAE粘度分類(SAE J300 2021)
-
ASTM試験法 D5293 D4684 D445 D483 SAE粘度分類 低温
クランキング(CCS)粘度
以下, mPa・s低温
ポンピング(MRV)粘度
以下, mPa・s動粘度
(100℃)高温高せん断(HTHS)粘度
(150℃,106s-1)
以上, mPa・s以上,
mm2/s未満,
mm2/s0W
5W
10W
15W
20W
25W6,200(-35℃)
6,600(-30℃)
7,000(-25℃)
7,000(-20℃)
9,500(-15℃)
13,000(-10℃)60,000(-40℃)
60,000(-35℃)
60,000(-30℃)
60,000(-25℃)
60,000(-20℃)
60,000(-15℃)3.8
3.8
4.1
5.6
5.6
9.3-
-
-
-
-
--
-
-
-
-
-8
12
16
20
30
40
40
50
60-
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-
--
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-
-
-
-
-
-
-4.0
5.0
6.1
6.9
9.3
12.5
12.5
16.3
21.96.1
7.1
8.2
9.3
12.5
16.3
16.3
21.9
26.11.7
2.0
2.3
2.6
2.9
3.5
(0W-40,5W-40,10W-40)
3.7
(15W-40,20W-40,25W-40,40)
3.7
3.7CCS:Cold Cranking Simulator
MRV:Mini-Rotary Viscometer
HTHS:High Temperature and High Shear Rate
(2)エンジン油の品質規格
(2.1)API規格
自動車用エンジン油の性能(品質)を規定するものとしては、APIが定めた品質規格が広く利用されている。API規格は、サービス分類として順次改訂され、現在のガソリンエンジン油の最新グレードは、SPおよびSP/RC(SP with Resource Conserving)となっている。また、ガソリンエンジン油については、日米の自動車工業会が設立した組織であるILSAC(International Lubricant Specification Advisory Committee)が設定した規格も利用されており、その最新グレードは、GF-6となる。ILSAC規格は省燃費性能を要求しているため、GF-6規格に適合するエンジン油は、APIのSP/RC規格に適合することとなる。一方、ディーゼルエンジン油は、1995年に制定されたAPI規格CG-4に適合するエンジン油が日本製エンジンで使用されるすべりタイプの動弁系の摩耗防止性などが不十分だったことから、その後API規格はCK-4までアップグレードされたものの、現在では日本製エンジンに必要な性能を付与したJASO規格を満足したエンジン油が日本では主に使用されている。(表 2-2-2-2)
- 表 2-2-2-2 エンジン油のAPI規格とILSAC規格
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油種 API規格 ILSAC規格 概要 ガソリンエンジン油 SM GF-4 2004年制定 SN GF-5 2010年制定、省燃費性能の向上、触媒被毒軽減 SP、SP/RC GF-6 2020年制定、LSPI防止性能 ディーゼルエンジン油 CF - 1994年制定、オフロード向け CF-4 - 1990年制定、高性能ディーゼルエンジン車用 CG-4 - 1995年制定 CK-4 - 2016年制定、後処理装置適合
(2.2)ACEA規格
欧州の自動車工業会(ACEA:Assosiation des Constructeurs Europeens d'Automobiles)は表 2-2-2-3に示すような独自の品質規格を制定している。
ACEA規格は、“A/B(ガソリン/乗用ディーゼルエンジン用)”、“C(GPF・DPF付きガソリン/乗用ディーゼルエンジン用)”、“E(大型ディーゼルエンジン用)”の3つに分類されている。
また、ACEAにおける規格の認証の管理は、EELQMS(European Engine Lubricant Quality Management System)によって行われている。
- 表 2-2-2-3 エンジン油のACEA規格
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用途 分類 概要 ガソリン
/乗用ディーゼルエンジン用A3/B4-23 - A5/B5-23 燃費向上 A7/B7-23 燃費向上、LSPI防止性能 GPF・DPF付きガソリン
/乗用ディーゼルエンジン用C3-23 高粘度(HTHS粘度3.5mPa.s) C4-23 高粘度(HTHS粘度3.5mPa.s) C2-23 - C5-23 燃費向上 C6-23 燃費向上、LSPI防止性能 C7-23 更なる燃費向上、LSPI防止性能 大型ディーゼルエンジン用 E4-22 - E7-22 高負荷エンジン向け E8-22 清浄性向上、後処理装置適合 E11-22 清浄性向上、高負荷エンジン向け
(2.3)JASO規格
日本製エンジンに適合するディーゼルエンジン油のニーズに応えるため、JASO(Japanese Automotive Standards Organization)が設定した日本自動車技術会規格(JASO規格)が2001年に初めて制定され、その後、数回の改訂を経て、広く利用されている。(表 2-2-2-4)
また、ガソリンエンジン油においても、さらなる燃費向上を目指して、API分類ではカバーされていない0W-8、0W-12といった超低粘度グレードを規定するGLV-1規格が2019年に制定されている。
JASO規格は、“GLV(ガソリンエンジン用)”、“DL(乗用ディーゼルエンジン用)”、“DH(大型ディーゼルエンジン用)”の3つに分類されている。
- 表 2-2-2-4 エンジン油のJASO規格
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油種 JASO分類 概要 ガソリンエンジン油 GLV-1 2019年制定、超低粘度油 ディーゼルエンジン油 DH-1 2001年制定 DH-2 2005年制定、後処理装置適合 DH-2F 2017年制定、後処理装置適合、燃費向上 DL-0 2017年制定 DL-1 2005年制定、乗用車用、後処理装置適合(超低灰) DL-2 2021年制定、乗用車用、後処理装置適合
2. ガソリンエンジン油
(1)4サイクルガソリンエンジン油
4サイクルガソリンエンジン油は、エンジン内のピストンとシリンダ間、動弁系、軸受などの様々な摺動部分を潤滑すると同時に冷却、密封、洗浄を行っており、以下の性能が要求される。
- 適正な粘度を保つこと
- 酸化安定性が良いこと
- 摩耗防止性に優れていること
- 清浄分散性が良いこと
- 耐腐食性に優れること
- 消泡性が良いこと
二輪車用には(社)自動車技術会が制定しているJASO T 903:2023があり、クラッチ摩擦特性によりMA、MBなど4分類されている。
(2)2サイクルガソリンエンジン油
50cm3クラスのファミリーバイクなどに使用される2サイクルエンジンでは、ガソリンとエンジン油が混合燃焼されるため、点火プラグの汚損や燃焼室堆積物などが少なく、潤滑性に優れたエンジン油が望まれる。従って、専用の2サイクルエンジン油が使用される。2サイクルガソリンエンジン油の性能分類はJASO M 345規格として制定されている。JASO M 345規格では、規定されたエンジン試験によってFB~FDの3グレードに分類されており、ポリブテンを配合した低排気煙のFCおよびFDオイルが主流になっている。
3. 陸上用ディーゼルエンジン油
ディーゼルエンジンの燃焼形態はガソリンエンジンと異なり、シリンダ内に空気のみを吸入、圧縮して高温高圧になった状態に燃料を噴射して自己着火、燃焼させる機構となっている。その優れた特性からトラック、バスなどの大型商用車、建設機械および舶用エンジン等に広く使用されている。具体的には、a.燃焼効率が高い(燃費が良い=CO2の発生量が少ない)、b.耐久性、信頼性が高いなどの特長が挙げられる。ただし欠点として、a.高価である、b.振動、騒音が高い、c.排出ガス中に窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM:Particulate Matter)が含まれるなどがある。
その欠点である排ガス中のPMやNOxを低減するため、ディーゼルエンジンには、酸化触媒、NOx還元触媒やDPF(Diesel Particulate Filter)、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)などの後処理装置が装着されている。これらの後処理装置に使用される触媒などに対する被毒や目詰まりを避けるため、近年の後処理装置適合性能を付与した規格では、エンジン油中のリン分、硫黄分および硫酸灰分の上限値を規定している。
4. その他の自動車用潤滑油
エンジン油のほかに自動車には様々な潤滑油が使用されている。ここで、そのいくつかの潤滑油を紹介する。
(1)自動車用ギヤー油
自動車では、エンジンで発生した動力を伝達したり、車速を変えるために様々な種類の変速装置が装備されている。これらの変速装置を潤滑し、円滑に作動させるためにギヤー油が使用される。
変速装置内のギヤーは、高温高荷重、高滑り速度などの過酷な条件で使用されるため、ギヤー油には優れた極圧性(耐焼付性、耐摩耗性)が要求される。
自動車用ギヤー油の分類には、エンジン油と同様にSAE粘度分類およびAPIサービス分類の二つの分類がある。表 2-2-2-5 および 表 2-2-2-6 に、それぞれSAE粘度分類とAPI分類を示す。尚、API分類では、現在はGL-5の規格試験のみを実施しているため、GL-4はGL-5の添加剤配合量を減らしたものが処方され、GL‐1、GL‐2、GL‐3およびGL‐6は生産されていない。
- 表 2-2-2-5 自動車用ギヤー油のSAE粘度分類(SAE J306 2019年2月改訂)
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SAE粘度
グレード150,000mPa・sに達する
最高温度、℃動粘度(100℃)mm2/s 最低※1 最高 70W
75W
80W
85W
65
70
75
80
85
90
110
140
190
250-55
-40
-26
-123.8
3.8
8.5
11.0
3.8
5.0
6.5
8.5
11.0
13.5
18.5
24.0
32.5
41.0
5.0
6.5
8.5
11.0
13.5
18.5
24.0
32.5
41.0
-- 注記:
- ※1.CEC L-45-A-99 Method C(20h)試験後の粘度
- 表 2-2-2-6 自動車用ギヤー油のAPI分類
-
サービス分類 内容 相当規格 GL-4 - 穏和なスピードや負荷条件下で運転されるスパイラルベベルやハイポイドタイプのアクスル用
GL-5 - 高速もしくは低速高トルク条件下で運転されるアクスルのギヤー、特にハイポイドギヤー用
MIL-L-2105D規格
SAEJ2360
(2)自動変速機油(ATフルード)
自動変速機油(ATフルード:Automatic Transmission Fluid)はATのユニット内に充填されており、エンジンで発生した動力を伝達する媒体としての機能や変速クラッチを適正につなぎ合わせるための摩擦調整機能、さらにはその他各種ギヤーを潤滑するための機能等が要求される。各自動車メーカーはATのスリップロックアップ化、多段化、電子制御化等による省燃費性の向上を図ってきたが、充填されるATフルードも、各自動車メーカーの要望に基づく独自規格が適用されている。
ATフルードに要求される主な機能を表 2-2-2-7 に示す。
- 表 2-2-2-7 ATフルードに要求される機能
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機能 要求性能 エネルギー伝達媒体 - 高温時も適正な粘度を維持すること
- 低温時の粘度増加が少ないこと
- シール材との適合性が良好なこと、泡立ちが少ないこと
冷却媒体
(摩擦による発熱防止)- 熱、酸化安定性に優れること
- 非鉄金属を腐食しないこと
潤滑 - 摩耗防止性に優れること
- 耐焼付き性に優れること
摩擦調整 - クラッチ、バンドに対して適正な摩擦係数が得られること
- 摩擦係数の経時変化が小さいこと
(3)無段変速機油(CVTフルード)
CVTは、金属ベルトとプーリーを利用した変速機構であり、プーリーの幅を変えて、プーリーのベルトにかかる部分の径を変化させることにより、ギヤー比を無段階に制御している。無段階変速機油(CVTフルード:Continuously Variable Transmission Fluid)は、このCVT内部の2つのプーリーと金属ベルトの摺動部の潤滑および保護を行っている。そのため、CVTフルードには、前述のATフルードに要求される性能に加えて、ベルト/プーリー間の滑りを抑制する性能、すなわち、ベルト/プーリー間の摩擦係数を高める性能が要求される。